• 2023/05/19

    山下 紗矢佳

「企業努力」とは「我慢」すること? インフレ時代の企業努力について「コミュニケーション」から考える

原材料費や仕入価格の上昇により、厳しい経営状況にある中小企業が増えています。原材料費の値上げに成功してもすべてを転嫁できているわけではないので、売上が増大しても利益が悪化している企業が多く見られます。

従来の中小企業は取引先からの値下げや品質要求に対して、自社で吸収して我慢する「企業努力」が当然のこととされてきました。しかし、我慢するばかりではいつか倒れてしまいます。適正価格での取引を実現する上で大切なのが「正しく伝える」ことです。ここでは「伝える=コミュニケーション」について考えていきたいと思います。

「コミュニケーション」の重要性

2021年から神戸市の「KOBE採用イノベーションスクール」という中小企業向けの採用力向上プログラムを実施してきました。ご存じの通り「人手不足」は日本の中小企業にとって深刻な問題で、人手不足問題が生じる背景には2つの要因があると考えられます。

ひとつは「地域」が抱える課題です。例えば、兵庫県や神戸市では、若者や女性を中心とする人口流出、社会減少が深刻な課題のひとつとなっています。これは兵庫で働いたり暮らすことに対する魅力が減っていることが考えられます。これからの時代を生きていく若者や女性は「この地域はどんな働き方ができて、どんな暮らし方ができるのだろう?」など、地域の魅力を無意識に考えます。

そしてもうひとつは、中小企業ゆえの課題「不明確な採用戦略」です。大企業と比較すると、中小企業の採用活動は厳しいのが一般的。若い人、さらにはその親世代も含め、大企業信仰は根深いのが現実です。ただ、知名度以上に中小企業の採用活動を難しくしているのは、求める人材像が不明確だったり、企業の長期戦略に合致した人を採用するための「採用戦略」を明確にせず、ミスマッチが生じているからだと思われます。

採用イノベーションスクール成果発表の様子

「コミュニケーションをデザインする」とは

「KOBE採用イノベーションスクール」では、採用にまつわる地域課題や中小商工業業者が抱えている課題が明らかになり、その解決方法も確立しつつあります。ここでは、中小企業を対象に採用力を向上するためのプログラムを開発・検証してきましたが、このプログラムの中で重視しているのは「コミュニケーション」、すなわち「伝える」ことです。

特に今回は、広告・デザインの研究者らから知見をいただき「コミュニケーションをデザインする」ことを学びました。「デザイン」と聞くと、カッコ良くてインパクトがあるビジュアルや手法を用いることと思われがちですが、今回は違います。

採用における「コミュニケーションをデザインする」とは、例えば新卒や若い人をターゲットとする採用の場合、伝えるべきは「この会社に入ればどう活躍できるか」、「自分の頑張りがどう会社の役に立つか、社会に貢献できるか」といった情報になります。情報が求める人に伝わらないと、その情報は出していないのと同じなのです。給与や採用条件も大切ですが、「求める人に伝わる伝え方を考える」ことも同じぐらい重要なのです。

コミュニケーションデザインがピンチをチャンスに変える

別の例となりますが「ガリガリ君のお詫びCM」はご存じでしょうか。

ガリガリ君を製造・販売する赤城乳業株式会社が、主力製品であるガリガリ君を値上げした際、25年間値上げしなかったことや、どうやって値上げせずに乗り切ってきたかを明らかにする広告を展開しました。

そこには、過去に値上げして経営危機に陥ったことや、経営危機以来、値上げを吸収するために地道なコスト削減や生産ラインの見直し、生産効率化、販売増によるコスト吸収を続けてきたことなど、ギリギリの取り組みを続けてきたことを伝え、そして幹部社員たちが深々と頭を下げる姿がありました。

値上げに至るスートリーを明らかにした広告が消費者の心をくすぐり、消費者から経営者の想いに対する共感の気持ちが沸き起こりました。結果的にこのコミュニケーションデザインが功を奏し、消費者離れを食い止めるどころか逆に売上を10%伸ばしたのです。

2022年度採用イノベーションスクール修了生

「伝わる」コミュニケーションが重要

ここまでお伝えしてきたコミュニケーションとは、「情報を伝え、情報の受け手となる相手の心を動かす」ことです。情報を単に正確に伝えるだけでは人の心は動きません。情報の送り手側の都合ではなく、情報の受け手側のことを考えて情報を伝えないと、情報の価値もまた伝わりません。これは、採用、地域の魅力の発信、商品の値上げなど、あらゆる経営課題の解決に適用できる考え方と言えます。

コミュニケーションのベースは「共感」であり、共感にはさまざまな種類が存在します。どんな共感を提供すればコミュニケーションが成功するのかを考えなくてはなりません。「言いたいことを正しく言葉にすれば相手に伝わる」という考えが必ずしも正しくないというのが、広告やデザインの分野での常識です。

情報の受け手側のことを考え、伝えたいことが「伝わる」ようにコミュニケーションする上で最も大切なのは、相手への伝わり方を考える想像力です。同様に「企業努力」についても我慢し続けることだけが企業努力ではありません。適切な価値を相手に伝え、適切な価格で取引する「企業努力」を実現するためにコミュニケーションの力を活用していただければと考えます。

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