• 2020/09/12

    西道 実

広告が表現のバリアフリー化や社会的役割を意識すべき理由とは

広告とは、一般的にはコマーシャルやチラシの拡散といった、メディアを介した宣伝活動を指します。

今、この広告が社会的役割を意識すべき時が来ています。その理由について、暗黙知や文脈共有の観点から考えてみましょう。

従来の広告は暗黙知共有のツールだった

現在の広告は、残念ながら、社会的役割が意識されていません。それは広告を作って発信する側が、広告の役割を自分たちのサービスや商品、活動目的などをターゲットに伝えることだけだと考えているからです。

しかも消費者に無料で提供しているため、誰かに忖度する必要もなく『自分たちが伝えたいことを伝える』という目的合理性を最重視して広告活動を行っています。

マスをターゲットにした広告媒体といえば、従来はテレビ、ラジオ、新聞などの限られたマスメディアだけでした。こうしたマスメディアは、広告自体も『みんながわかる広告』じゃないと意味がないという仕組みが自動的にできていて、ピンポイントで狭いターゲットを狙うような展開は不可能でした。

また『広告を見ればその地域や国の文化や習慣がわかる』と言われるほど、広告は生活情報や社会インフラの役割を担っており、知らず知らずのうちに多くの人が何かしらの情報を広告を通じて共有していました。

このように、生活情報や暗黙知としての知識の共有を推進する役割を広告は担っていました。

インターネットが広告の役割や仕組みを変えた

ところがこうした役割や仕組みを大きく変えたのが、インターネット広告です。

インターネットやSNSにおいては興味・関心を同じくする者同士の交流が多く、狭い領域内での情報しか暗黙知として共有されません。その結果、インターネットには「わからない広告」が増え、従来の広告の考え方『みんながわかる』という枠組みを壊すことにつながりました。

それが、他の人は分からなくてもいい、自分たちさえ分かればいいというコミュニケーションの増加につながり、しかも、次第にわからない人を攻撃するようにもなって情報格差を生み出しつつあります。

インターネットはいつでも、どこでも、誰とでもつながることができ、その世界は広大であるとよく言われます。しかし実際には、インターネットを利用している人の多くが、その広大な世界のごく一部の狭い世界としかつながっていない現実があります。

例えば、インターネットを主な情報源とする特定の人たちは、自分が興味のある領域の情報だけを主体的に選んで見ますし、自分と興味・関心を同じくする人からの情報だけを取得しています。結果、徐々に狭い領域の情報だけが、その人の思考を構成するベースになっていきます。

こうしたことは、インターネットが『エコーチェンバー(共鳴室)』と呼ばれるゆえんでもあります。

広告は社会的な情報資産だと認識すべき

広告は無料で身の回りにあふれてくるもので、知らず知らずのうちに人の考え方や知識に対してかなりの影響力を持っています。

だからこそ広告を発信する側の企業や広告代理店は、実は自分たちの広告が社会的な情報資産であることを認識し、その社会的役割を意識すべきと考えます。

加えて現在、モノにはバリアフリーが存在しますが、形のない情報について『表現のバリアフリー化』はまったく進んでいません。ぜひ企業や広告代理店は『表現のバリアフリー化』を意識して取り組んでほしいと考えます。

なぜなら、広告の中でもある特定の人しかわからない用語や情報が氾濫しており、情報のバリアは高くなりつつあるからです。

その結果、意味や言葉がわからない人が置いてけぼりになり、それが情報格差を広げるという、表現のバリアフリー化とはまったく逆の流れが起こっています。これまでは無意識に世代を超えて共有できていたことも、メディアの構成が変わることで共有しにくくなっています。

従来のマスメディアは、より多くの人に理解してもらうことを意識して作られていたという意味では、人に優しい媒体でした。インターネット広告の世界で、こうした点が意識されることは今のところありません。

しかし、広告本来の役割を考えるなら社会的役割を考慮し、マスメディア広告でもインターネット広告でも、表現のバリアフリー化を意識しつつ展開する必要が出てくるでしょう。

『わからない』を『わかる』に変える行動を

学生をはじめとする若い皆さんは、消費者として情報の収集源を限定せずに、多くのメディアや手法で情報収集をしてほしい。

また、そこでわからない情報に出合っても避けることなく、積極的に『わからない』を『わかる』に変えるためにはどうずればいいかを考えてほしい。

一番大切なことは『どうすれば、相手がわかるように伝えられるのか』を考えながら行動することです。

情報収集のフィールドが狭かったり、少なかったりする人は、自分の話が通じないと『あなたはなぜわからないのか』と考えて、責任を相手に転嫁し、『自分が悪い』とは考えません。

コミュニケーションにおいては、話が通じないことよりも、自分の表現やコミュニケーション手法に原因があると考えないことの方が問題です。

自分が話した内容を相手が理解できない時は、まず自分のコミュニケーション方法を疑いましょう。コミュニケーションは互いの努力や創意工夫で成立するものです。

コミュニケーションの分断や会話が成立しない原因は、どちらかの個人にあるのではなく、コミュニケーション方法や表現方法にあると考えましょう。個人主義的な発想を排したコミュニケーションが対人関係を円滑にしてくれるでしょう。

学生の皆さんには私の授業で学んだことを生かして、社会の中で情報を発信したり、コミュニケーションを取ったりする際には、“表現のバリアフリー”を意識してほしい。そして、コミュニケーションを円滑にするだけでなく、広告のあり方や社会的な情報資産の在り方を変える存在になってくれることを期待しています。

 

 

 

 

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