経営学部が校舎として利用する公江記念館は、学部の開設にあわせて新型コロナウイルスが発生する直前に完成しましたが、オープンスペースが多く教室空間を最小限に抑えた構造は、結果的にアフターコロナには最適の形態となりました。
今回は、コロナ禍が一段落して校舎の利用が進んだこの時期に、この校舎の利用がアフターコロナでどのように進むのかについて、「遠隔or対面」という軸に「同期or非同期」という軸を加えた二軸モデルとして考えてみたいと思います。
コロナ禍が教育現場の進化を加速させた?!
学校の校舎は、教室、図書室、研究室や廊下など、用途の決められた空間が集まった建築物です。これらはすべて「大学設置基準」に定められた基準に適合するように作られています。ただ、本学経営学部の校舎は、この基準をクリアしながらも広くてフレキシブルでオープンな空間が多く広がっています。アフターコロナの現在は、まさにフレキシブルでオープンな空間を活用することで、感染予防対策を取りながら授業ができたわけです。
アフターコロナの教育空間としては、先進的かつ十分な要件を満たしていると思われた本校舎ですが、まだまだ我々が想定していなかった課題、問題が日々噴出しています。
その中でも最も重要かつ喫緊の課題のひとつがWi-Fiです。
現状、経営学部の校舎はオープンスペースの公共空間と区切られた教室があります。Wi-Fiはオープンスペースには整備されていますが、授業に集中できない学生が増えることを懸念して、教室内は最小限の整備にとどまっています。これはある程度現実的な対応だと思います。
しかし、対面型授業とオンデマンド型授業が混在するようになり、校舎内のオープンスペースや教室内でオンデマンド授業を受ける学生が増えた結果、Wi-Fiの同時接続人数が増えて速度遅延が発生しています。少なくとも当面は、校舎でのリアル対面授業とオンデマンド授業が並行して実施されるので、Wi-Fi増設はもちろん教室での利用を可能にするかも含めて対応を検討中です。
こうした事態は、アフターコロナで表面化した問題ですが、オンデマンド授業の増加や校舎内でパソコンを駆使しして自由に学ぶ状況はそう遠くない未来に起こっていたでしょう。しかも、今後は対面授業は残りながらも、遠隔の授業が確実に増えていくと思われます。そう考えると、コロナ禍が教育現場の進化を加速させたと言えるのかもしれません。
めざす未来と過去の経験から、今進むべき方向を見出そう
オンラインでの授業が増えたことで、改めて「大学の校舎に登校してリアル対面で学ぶことの意味」を大学教育の根幹に係わる重要な課題として考える必要があります。もうオンラインでも問題なく授業ができることがわかった以上、以前のように毎日登校して全授業を対面で受ける状態に戻ることはないようにすら思えます。
しかし、保護者や大学、行政関係者には「学生は大学に来たがっているから、コロナ禍以前のように100%対面の状態に戻してあげたい」と考える人も多いようです。これは、新たな仲間との関係を築く上では、対面のコミュニケーションが必要だと考えているのでしょう。それは間違いありませんが、最近の学生の様子をみていると、学生は大学の校舎に登校する積極的な意味を見いだせないのなら登校しなくても良いと考えるようになったと感じます。
今後、アフターコロナ時代の高校生たちの間で、大学に求める要素や意識に変化が生まれれば、それが外圧となって大学側も変化せざるをえない状況が生まれるかもしれません。
ここまでの「コロナ禍で大学がどう変化すべきか」は未来の話ですから、正解は誰にもわかりません。しかし、どのようにして最善の未来をめざせば良いのでしょうか?
ヒントは、フランスの詩人評論家・ポール・ヴァレリーの「精神の政治学」という本にある「湖に浮かべたボートを漕ぐように、人は後ろ向きに未来へ入って行く。目に映るものは、過去の風景ばかり。明日の景色は誰も知らない。」という一節にあると考えます。この一節は「未来は過去から学ぶしかない」ことと「未来は誰にもわからない」ことを語っています。
このような中で私たちにできることは、あるべき未来を想定し、過去の経験からそこに至る道を描く『バックキャスト』というSDGsで知られるようになったアプローチを用いて未来をめざすことでしょうか。私も未来は予言できませんが、バックキャストで考えると、大学が変化していく方向はいくつか存在するだろうな、とおぼろげながら想いを馳せています。
大学を「遠隔or対面」と「同期or非同期」の二軸モデルで考える
さてここからは、大学の「場」を「遠隔or対面」という軸に「同期or非同期」という軸を加えた二軸モデルとして考えてみることにします。
1)遠隔・同期
いわゆるライブ配信ですね。同じ時間を共有する必要はありますが、場はどこでもOKというパターンです。これはコロナ禍での緊急避難的な方法だったのかなと思っています。コロナ禍が収束したあとは、対面授業に戻るタイプでしょうか。
2)遠隔・非同期
いわゆるオンデマンドの授業で、学生はパソコンを通じて都合の良い時間に授業を受けられるというものです。通信制などで以前からあった方法なのですが、この方法がコロナ禍で学校にもたらした意味は大きいように思います。
3)対面・同期
これまで行われてきた、教室に学生が全員集まって行う従来型の対面授業で、教室以外では受けられません。従来の「教室」はこれにあわせて設計されていたわけです。
4)対面・非同期
いわゆる「溜まり場」のような場で、特定の人だけが集まる閉鎖的な空間の中で対面でのみ情報が交換されます。昔のことを知ってる人なら駅の伝言板がもっとも近いかもしれません。
今の大学では、2)「遠隔・非同期」のオンデマンド授業に3)対面授業を組み合わせた方式が中心になってきています。ただ、学生が大学に求める「場」は、昔の「サークルの部室」のような「対面・非同期」のカテゴリに属する「場」ではないかと感じます。事実、かつて大学生だった人は、大学や社会のことを先生よりも先輩や同級生の仲間に教わったのではないでしょうか。
ただ、こうした『場』も、最新のIT技術をフル活用すればバーチャルの世界に実現できる時代です。遠隔・非同期の場の登場です。すでに武庫川女子大学経営学部では準備を進めており、たとえ校舎の開いてない夜中でも、どこにいてでも集まれる場、対面と遠隔の垣根を取り払った場を提供したい考えています。
若者は「人・本・旅」を大切に
大学は時代に合わせて変化していく必要があるでしょうし、実際にリアルとバーチャルの境界線は大学内でも消えていくでしょう。そんな時代を生きぬくために、若い人たちは何を大切にし、何に取り組むべきなのでしょうか。
ライフネット生命の創業者で立命館アジア太平洋大学の学長をされている出口治明さんが言っておられる「人・本・旅」を大切にしてほしいと私は思います。人に会い、本を読み、旅先で多様な経験をする……これ、かなり本質を突いていると思います。なぜなら、これらはインターネットが進化してもバーチャルの世界では決して学び得ない「体験」をもたらしてくれる「場」だからです。