経営学と経済学は時に混同される学問ですが、実際、両者には数多の共通概念が存在します。今回は価格が消費者に与える影響という観点より、マーケティング戦略においても分析される経済理論の重要キーワードを紹介したいと思います。言葉による説明だけではなく、図解を少々、用いますが、ごく初等的なものなので、安心して読み進めてください。社会現象を的確に捉え、一般的に物事の仕組みを考えたいとき、言葉による概念レベルよりも、数式や図解が示唆する直観的把握が理解への大きな助けになることがあります。
物価の動向(2022年11月時点)
現在の日本経済を象徴するキーワードとして、円安やインフレがありますが、実際に総務省が公表している消費者物価指数(CPI)の前年同月比推移を確認してみます。
図1は、今年(2022年)に入ってからの物価上昇率です。生鮮食品は物価の変動が大きいため、それを除いたものですが、直近の2022年10月では前年よりも3.6%の上昇となっています。9月の上昇率も3.0%とその上げ幅が大きいことが特徴の1つですが、この上げ幅は、実に40年8カ月ぶりの上昇率となっており、大きく報道されました。この伸び率は1982年2月に記録した3.6%以来の水準となり、我が国が今世紀になってはじめて経験するレベルのインフレとなっているといえるでしょう。
なぜお酒やタバコは繰り返し値上げされるのか
こうした社会情勢の中、様々な品目で物価高に付随する値上げラッシュ、価格転嫁が起こっています。例えば、身近な所でいうと、ガソリン、灯油や電気代などのエネルギー価格、食用油やエアコンのような家庭用耐久財など、実に多品目にわたり値上げが続いております。こうした中、今回の動向以前から断続的に増税や値上げがなされ、今後も値上げが予測できるものがあります。それは酒類やタバコとなります。では、なぜ酒類やタバコが値上げされてきたのか、そして今後も値上げされると予測されるのかを経済学の理論的枠組み(需要の価格弾力性)から説明したいと思います。
言葉で理解する需要の価格弾力性
「需要の価格弾力性」を概念レベルで理解するにあたり、3つに分割してみます。具体的には、需要、価格、弾力性の3つとなります。需要(demand)とは簡単にいうと、消費者が財・サービスを買いたいと思う量のことです。今、我々の知りたい情報はこの「需要」となります。では、需要という買いたい量をどのようにして調査すればいいのでしょうか。それは価格が重要な役割を果たします。価格(price)とは、買い手が支払う金額で個別商品の値段と考えてください。
関数で表現すると、価格(分母)が原因で需要(分子)が結果となります。例えば、価格が上昇すると、需要が低下し、逆に価格が下落すると、需要が増加するという関係(需要法則という)です。最後に弾力性(elasticity)ですが、これは「反応度(因果関係)」と捉えてください。
経済学では弾力性を微分で定義しますので、弾力性という概念は「変化率」を意味します。以上を踏まえ、需要の価格弾力性を定義すると、「(原因である)価格が1%変化すると、(結果であり、知りたい情報である)需要が何%変化するか」という定義となります。
需要曲線と需要法則
図2は、一定の所得のもと、価格と需要量との関係を示した需要曲線となります。需要曲線は右上がりになることもあります(ギッフェン財のケース)が、通常は右下がりを前提とします。これを「需要法則」と呼びます。需要法則とは、価格が安いものは需要が増加し、逆に価格が高いものは需要が減少するという直観的にも理解しやすい法則です。
図解で理解する需要の価格弾力性
需要法則を満たす右下がりの需要曲線を前提として、なぜお酒やタバコが断続的に値上げされるのかを説明します。それは需要曲線の傾きをみれば、わかりやすいと思います。
図3の2つの需要曲線は双方とも右下がりですが、左図は傾きが水平に近く、緩やかな右下がりの形状となっています。一方、右図は傾きが垂直に近く、急な右下がりの形状となっています。つまり、同じ価格上昇に対し、傾きが緩やかな左図の需要曲線は、大幅に需要が減少する(弾力的と表現する)ことが図解より、わかります。それに対し、同じ価格上昇に対し、傾きが急な右図の需要曲線は、小幅にしか需要が減少(非弾力的と表現する)しないことが図解より、わかります。
需要の価格弾力性が小さい財
この図解の読み取り方を踏まえ、具体的な財・サービスをあてはめて考えてみます。左図の弾力的な需要曲線は、価格上昇率以上に需要の減少率が上回る状況です。例えば、貴金属、宝飾類、海外旅行などの贅沢品(奢侈品)が該当します。当面、生きていくために必要とされない贅沢品は、価格上昇に対し、大きく反応し、需要を減らすということです。
それに対し、右図の非弾力的な需要曲線は、価格上昇率が需要の減少率を上回る状況です。例えば、お米や味噌、トイレットペーパーなどの生活必需品が該当します。生活に不可欠な財・サービスであれば、たとえ、価格が上がったとしても、それなしでは生活が困難となるので、消費者側は購入せざるを得ない状況に近くなります。結果として、企業側は顧客を取り込めることになります。
ここで注意が必要となります。非弾力的な需要曲線は必需品だけではなく、お酒やタバコなど、嗜好性の高いものが入ってくることになります。つまり、お酒が大好きな人やタバコが好きな人はその依存性の高さから価格が上がったとしても、思ったよりも需要が減少せず(価格上昇率>需要下落率)、結果として長い目でみれば、税収が安定的に期待できるということです。したがって、「なぜお酒やタバコが、繰り返し値上げされるのか」という問いへの経済学的な回答は一言、「需要の価格弾力性が小さいから」と答えれば必要十分となります。
このように、結論だけをみれば、一言で終わることであっても、その結論に至るロジックの積み重ねが学問では重要となります。