世界で未知のコロナウイルス感染が発覚してから、あっという間に1年間が経ちました。この1年間で、これまで当たり前だった生活や日常は大きく変化しました。大学の教育現場も、学生達が学ぶ機会を確保できるよう、オンライン教育とデジタル変革への対応に日々模索しながら、教員と学生が一緒になって乗り切ってきました。教え方や学び方が大きく変化した今、従来の価値観で女性人材の育成を捉えていたのでは、時代遅れになるでしょう。
自分なりの考え方、行動力を持つことが人生を切り拓く
NHKの調査発表によると、新型コロナウイルスの影響で女性の雇用は、最大で74万人が失われ、これは男性の倍以上の数字です。多くの働く女性は職を失い、苦境に追い込まれました。コロナ禍のような予測不可能な事態でも対抗できる女性キャリアの育成とは何か、女子大学の教員として、娘を持つ母親として、自分に問いかけました。
その答えは、本学が掲げる『一生を描ききる女性力を育む。』というフレーズにあると共感しています。「自らの意志と行動力で可能性を拡げ、生涯を切り拓いていく」というのは、今の時代を相応しい女性像だと考えます。女性のライフステージには、就職、結婚、出産、育児などの出来事があり、男性より変化が起きやすいです。これらの変化に柔軟に対応できるのは「自分で考え、自ら解決策を打ち出せる」人材だけ。価値観や生き方が多様になった今の時代、従来の慣習や手法では解決できない問題に直面した時、自分なりの考え方、行動力でさまざまな可能性を広げながら答えを探ろうとする姿勢は、生涯を切り抜く智慧にほかならないと思います。
「愛情」は注ぎ方でプラスにもマイナスにも働く
大学教育では、専門知識やスキルなどを体系的に学べますが、それよりも大切なのは「自分で考える力」を育成することだと思います。どんなに優れた知識やスキルでも時間とともに陳腐化する可能性がありますが、「自分で考える力」は生涯生きていく上でずっと進化できる力になります。社会環境や自分の人生で何が起こっても自分で考えて前進することは、自信に繋がる最も大切な生命力でもあります。このような力をどう育成するか、大学生への教育と小学生の娘への教育を通じて、自分なりに日々考え続けています。
これまで研究者育成の博士課程まで長い学生生活を送ってきた私にとって、多くの優れた先生方に出会えたことで未知の世界を探求する喜びを味わいました。そして、実務の仕事経験上で出会った優れた上司や先輩からも、働くことの意義や世の中に役に立つための心構えを教わりました。社員から管理者、学生から教員までの成長ステージでさまざまな教育を受けてきた私にとって、家庭、学校、企業の人材教育の根底に共通するものがあります。それは「愛情」です。
しかし、愛情の注ぎ方によって教育の結果は大きく変わるのも事実です。愛情いっぱいで育てようと願う気持ちのせいで無意識的に過剰すぎると逆効果になり、「自分で考えない、考えられない、考えたくない」人を育成しがちです。ダメ息子、ダメ学生、ダメ社員とレッテルを張りながらため息をつくのは、教育失敗者の典型パターンです。自ら考える力を備えた人材を育成するために、教育者としては次の3点を警戒する心構えを持たなければならないと考えます。
カリスマ型教育
ある分野で優れた業績、成功経験を持つ教育者に起きやすいパターンです。無意識に、自分の知見や見解がすべて正しい、自分が優れているという自信や自慢が過剰にあります。教育に対する姿勢は、慕われたい、生徒や部下をコントロールしたがるタイプです。このような教育者は反対意見に聞く耳を持たず、それを排除する行動をとりがちで、結果的に考えない人を育ててしまうのです。これは家庭でも優れたお父さんとダメ息子の家族例として起きがちです。自ら考える力を奪ってしまう教育失敗例です。
世話焼き型教育
なんでもしてあげる、相手に尽くしてあげることが教育だと思い込んでいるパターンです。相手を自ら問題を解決できない、あるいは能力が低いと認識し、失敗させたくないがゆえに、すべて決めてあげるタイプです。このような教育者は、相手をいつでも大きくならない子どもだと判断し、すべてのことに口や手を出してしまうのです。その結果、何もできない、待つ、頼る人を育ててしまうのです。これは、世話好きなお母さんと卵も割れないお嬢さんの家族例としてありがちです。自ら考えて行動する力を奪ってしまう教育失敗例です。
几帳面、頑張りすぎ型教育
相手の個性を無視し、少しのミスも細かく指摘し、相手を完璧に指導したがるパターンです。自分が思い描いた正解の枠に相手を当てはめようと、一生懸命に指摘して修正したがるタイプです。このような教育者は、学問はもちろん、仕事の面白みを無くします。その結果、学ぶ意欲、働く意欲を損ない、ロボット人間を育ててしまうのです。これは、教育に一生懸命頑張っているように見えるが、自ら考えて行動する意欲を奪ってしまう教育失敗例です。
寄り添う姿勢で「自分で考える力」を持つ人材育成へ
寄り添う姿勢は今の時代に必要な心構えです。相手の状況を把握し、ニーズや期待を確かめながら適切な教育指導を行うことです。自分は正しい、良いと思うことでも、相手は正しくない、良くないと思うかもしれません。自分の考え方を押し付けるのではなく、相手の意志を尊重しながらともに探索していく姿勢は、「自分で考える力」を育成するのに最も大切な心構えだと思います。
相手が幼い子どもでも、進路に迷っている学生でも、経験が浅い新入社員でも、自分で考えて判断できる独立した個人として尊重することが、自立心を育むことにつながります。自立心が弱い学生に対しては、自分自身がすべきことを示すことが大切です。自主性の低い学生に対しては、行動を促す必要はあるものの、頻繁に行いすぎると世話焼き型教育に陥る可能性があるので要注意です。自立心を育つには失敗体験も大切です。なるべく早期に小さな失敗をさせることで、未来の大きな失敗を防ぐことができます。転んだ子どもをすぐ助けるのではなく、まず自力で立たせることが、将来転んでも起き上がる力を育みます。
できたことに注目し、褒めて伸ばす
成長への手助けには、結果に対するフィットバックのあり方が重要です。たとえ子どもが描いた絵が下手でも、親が些細な点に注目して発想のユニークさなどを称賛すると、子どもを芸術家に育てられるかもしれません。過ちを指摘することはもちろん大切な教育ですが、それ以上にできたことをきちんと褒めてあげることが大切だと私は理解しています。
相手が楽しいことや望むことを把握し、それを正しい方向に導いてあげることは、優れた教育者が持つ不思議な魔法だと思います。この魔法は、自分自身では気づかない長所や魅力を気づかせてくれ、自分のことをさらに好きになれる不思議な力です。こんな魔法を持つ教育者に出会えれば、どんな時代、どんな変化に直面しても、しなやかにしたたかに乗り越えられると信じています。私自身もそんな教育者になりたいと願っています。