• 2022/02/28

    藤井 善仁

「戦略的状況の科学」と就職活動

2021年の12月にリクルートワークス研究所が発表した2023年の新卒者採用における調査(「ワークス採用見通し調査」)によると、前年度と比較し、新卒の採用が「増える(10.9%)」が「減る(3.9%)」を上回ったとされ、コロナ禍における企業の採用意欲が持ち直してきているという希望がもてるデータが公表されました。

一方で、「オミクロン型」なる新型コロナウイルスの変異型も登場している中、学生が暗雲低迷を感じとり、相談を受ける機会が増えている教育現場の現状を踏まえ、今回は今後の就職活動に関し、考えてみたいと思います。

ゲーム理論とは何か

突然ですが、経済学という学問分野の一つにゲーム理論というものがあります。ゲーム理論を簡潔に一言で定義すると「戦略的状況の科学」といえると思います。戦略的状況の前提条件として、2人以上いる世界や社会を想定していることが重要になりますが、ポイントとなる事柄として、自分がある行動を選択し、いずれ得ることになる効用(満足度)や利得、利潤といわれるものが、自分の行動のみならず他者の行動にも依存するという、いわば「相互依存」の状況のことを戦略的状況と呼びます。要は自分が何かをしようと意思決定を行う際に、他の人が何をするつもりであるかということに関する十分な配慮が必要な状況、このようなタイプの相互作用があることを指し、戦略的状況と呼びます。

戦略的相互依存関係としての就職活動

大なり小なり、経済学が扱うモデルにはこのような相互依存関係が存在するので、あらゆる状況を戦略的状況とみなすことができます。したがって、学生にとって重要な活動である就職活動という職探し(ジョブサーチ)も御多分に漏れず、ゲーム的状況下での相互作用という側面があることになります。先程、戦略的状況に関し、自分の行動のみならず、他者の行動にも依存すると述べましたが、学生と企業のゲーム的状況を考えると、学生としてはまず企業側(採用側)の行動様式、採用基準に関する情報を事前に入手しておくことが最適行動につながるでしょう。

ところが、就活の授業を担当している教員としては、学生側が採用側の意向を織り込む前の事前情報の段階でかなりのミスマッチがあると経験的にわかっています。具体的には「たくさん資格を持っていた方がいいのか」や「どの資格が就職に有利なのか」、「語学力や留学経験がないが、どうすればいいか」、という相談を受けることが多いのですが、以下のリクルートキャリアの調査結果をみてみると、採用において企業が重視する項目と学生が面接などでアピールする項目の間には齟齬があるとわかります。

(出所)株式会社リクルートキャリア 就職みらい研究所(2021)「就職活動・採用活動に関する振り返り調査 データ集」図36より筆者作成

企業が重視する上位3つの項目として、人柄、熱意、将来性という定性的側面が重視されている一方で、学生が重視する項目はアルバイトや所属クラブ、サークル活動が上位となっています。実際にES(エントリーシート)の添削をしているとわかるのですが、アルバイトやサークル、部活などの課外活動の内容に関し、定量的側面(TOEFLのスコアが850点、100人のサークルの代表であったなど)を強調する傾向があります。何か数字を出すことによって、説得性のあるESになるという強迫観念をもっているように思えるのですが、戦略的状況下で新卒の学生に対して採用側が知りたい情報は数字には流露されない人柄、人物を中心とした定性的側面であると思います。

ただし、学生時代に何をしていいのかわからず焦燥感を感じ、砂を噛む思いをしている真面目な学生がいることも事実なので、なにかしらの資格取得を目指す姿勢を否定するのは些か拙速だと思います。

重要なことは、何もすることがないから秘書検定や簿記検定を目指すという消極的姿勢ではなく、その資格が今後の自分や志望企業にとって、どのような意味があるのかを自分の言葉により面接で話せるように言語化し、それらを通じ自分の人柄を伝えるようチューニングしておく積極的姿勢です。

情報の非対称性とマッチング

就職活動が労働市場における売り手(学生側)と買い手(採用側)の「出会いの場」という意味において、職探しは、配偶者探しに酷似していると思います。かつて婚活をしていた経験(笑)から強調したいことは、出会いの場では情報の非対称性を解消する努力が必要になるということです。情報の非対称性とは、例えば中古車市場のように、売り手と買い手の間で情報が偏在し、情報格差が発生する状況のことです。情報が対称ではなく非対称だと、お互いに適切な意思決定ができないばかりか、市場取引自体が機能せず(市場の失敗)、さまざまなミスマッチが生じます。学生が就職活動を展開する労働市場も典型的な情報の非対称性をもつ市場として知られています。

では情報の非対称性を解消するにはどうすればいいか。そのためには、学生側も採用側も双方とも情報を開示することが求められると考えます。その情報は、単なるシグナルとして資格を取得しているということに留まる(履歴書を埋めるための資格取得に意味は少ない)ことなく、学生時代に自分が何かアルバイト、サークル活動やゼミ活動、学業を通じ、何かに打ち込み、そこから学んだ経験(成功体験にみならず、失敗体験も重要)や教訓を話すことで自ずと人柄も採用側に伝わることになり、もはや数字などは表層的なものになるでしょう。

「人は城」を意識する

学生からすると、就職活動は辛いものとして意識されているようですが、様々な関係者と出会える場として、楽しむ姿勢が重要であると考えます。どういう仕事をしたいのか決まらないため、インターンシップに参加することを逡巡する学生が多いことも事実です。先程、職探しは配偶者探しに酷似していると述べましたが、一般に世界中の相手を吟味して配偶者を探し当てた人がいないように、人とのつながりや出会いという「ご縁」が支配することが多いことも事実です。

そのためには「棚からぼたもち」を狙うのではなく、自ら積極的に行動していくことが不可欠でしょう。戦国最強と称された武田軍の総大将であった武田信玄が「人は城」という言葉を残しているように、人との出会いやつながりという意味では「人こそすべて」という意識が、良き「ご縁」を引き寄せるための鍵となります。就職活動は明示的なルール以上に明示されていない「暗黙のルール」が支配していることも事実ですが、自分なりに納得した形で次のステップに進むためにも、情報の非対称性を解消する具体的な取り組みと、戦略的状況を意識した就職活動を積極的に楽しんで欲しいと思います。

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